Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

汗と鳥と海と車のノックダウン

怒涛のような二日間で、何やら振り返る心の余裕も体力も無いので、とにかく羅列する。


まずは昨日は息子の卒園式。始めての祝辞でドキドキしていたけれど、祝辞が終わってしまえばあとは感動するだけだった。泣くハズじゃ無かったのに。くそう。
僕も巣立ったこの幼稚園。素晴らしい園であり、そして素晴らしい卒園式でした。何よりも温かい。


そして謝恩会。幹事としてきりきり舞いで走りまわり、声を張り上げ、笑顔も崩さないように努めた。なおかつ8年ぶりに握ったギターは、たどたどしくも何とかこなし、どうにかこうにか謝恩会を終えるハズであった。ところがである。最後に事件があった。それは今は僕にとってはあまり思い出したくない黒歴史的なものなのでここでは書かない。いずれ書くかも知れない。書かないかも知れない。書かない可能性の方が高い。ともかく、僕のミスによってかなり追い込まれてしまい、苦し紛れにその場を凌いだのであった。嫁さんもたくさんサポートしてくれたのに、完全に僕のミスなのであった。うわわわわわわ。ひとまず思い出すことは止めておく。


謝恩会の後は家族ぐるみで仲良くしている友人一家と焼き鳥屋へ。グイグイ飲んだ僕は、子どもたちとの入浴を何とか済ませたところまでしか記憶が無いのであった。


今日は女川町の復幸祭へ。昨晩の疲れから、夫婦ともになかなか体が動かず。やっと動き出せたのは11時もまわったころで、途中渋滞にハマってしまい到着が予定を大幅にずれ込んだのであった。何とかお目当てのイーガーショーを観ることができた。その後町立病院前にある「おちゃっこクラブ」でひとしきり(子どもたちが)遊び、コンテナ村商店街をそっと訪れて帰途についたのであった。昨年の4月末以来の女川。もうすぐ11ヶ月が経つ。色々と思うことがある。その気持を言葉にしようとして心の奥に進もうとすると、僕の涙腺が途端に緩んでしまう。僕はまだまだダメだ。


復幸祭が行われている女川町総合運動場で、娘は走った。ゲラゲラと笑いながら、100m走のゴールの方へ向かって、トラックの少し内側をひた走った。


ヘトヘトに疲れている。昨日は冷や汗と焼き鳥、今日は女川の海と渋滞。僕の体と心はノックダウン間近まで追い込まれた。
多分、これが幸せということなんだろう。