Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

「放射能」について②

チェルノブイリ原発事故が発生した際、プルトニウムを含む大量の放射性物質が巻き上がった。それは大気の動きに伴って世界中に拡散された。最もその影響が大きかったとされているのは、ソビエト連邦白ロシアソビエト社会主義共和国、現ベラルーシである。この地域では特に幼児において放射線の影響と思われる甲状腺がんが多数診断された。これには、放射性物質とともに牧草を摂取した乳牛から放射性物質が濃縮された形でミルクが産出されたとか、地域的・民族的に放射性物質を喉に吸着しやすい状態であったとか、ソビエト政府からの発表や対策についての通知が遅れたということもあったようだ。

そしてそのプルトニウムは日本にも飛散している。当時計測された線量値を見ると、確かに通常よりも高い放射線量を示している。しかしながら、このときに日本政府が、あるいは放射性物質の飛散に気づいた学術研究機関などが、報道機関が、この事実について大きく取り上げてはいない。作物の線量測定や出荷制限なども行われていない。まして、放射性物質の飛散により国民に何らかの身体的異常があったかどうかなど、調査が行われたかどうかも不明である。

当時の線量と、震災後の線量についての比較は難しく、どちらの方が人間の体に影響があるかといった議論ができる情報は持ち合わせていない。しかし、チェルノブイリの時の日本の状況から比較すると、東日本大震災後の放射能に対する反応はやや過剰に見える。

これには、インターネットやスマートフォンの普及による情報の拡散が影響している。不安を煽るような記事、東海村JCO臨界事故の際のショッキングな画像、そういった情報がどんどんと押し寄せてくる。どれがデマで、どれが真実で、どれが誇張した情報なのかを判断する暇も与えてくれない。そしてその情報に影響された結果、自分がまたそのような情報の発信者となってしまう。

放射性物質による被曝への対策は必要である。摂取する作物、普段過ごす場所、ホットスポットの把握、除染の必要性と効果、それは必要な知識だ。むしろこれまで無知だったのがおかしいとも言える。

そして、放射性物質への忌避感というものに個人差があることも理解すべきであろう。ある人が、このぐらいなら大丈夫、と思っていても、隣の人はそう思っていないかも知れない。一番避けるべきなのは、自分のそういった感覚を他人に押し付けたり、それがスタンダードであると決めつけることだ。

しかし、だからこそ、特に他人に見える形での過剰な反応は避けるべきだと考える。原発周辺の帰宅困難区域に指定された場所以外の場所では、特に冷静な対応が必要だ。どうしても放射能への恐怖感が拭えず、転居することを選ぶことも仕方ないことだろう。しかし、転居には多くの方が関係せざるを得ない。仕事、子ども、親戚、近所。その中には、その転居に賛同する人もいれば、理解できない人もいる。少なからず迷惑を受ける人もいる。それは仕方がない。仕方がないのだが、なるべく影響が無い形をとろうと努めるべきだろうとは思う。