Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

いつしか積もりゆくもの



「ええっ、今日おばあちゃんの車無いの?」「そうさ。こんなにいい天気なんだ。歩こうよ」
今日から冬服の赤い園服に身を包んだ息子は、やや冷たい風に身を縮めた。僕が左側の背中に太陽の温かい光を感じつつ歩き始めると、息子の冷たい手が僕の手を握った。
「お父さん、寒いよ」「じゃあ走ろうか。走れば温かくなるよ。昨日の夜と今朝食べたカレーライスが体の中でm…」
親の面倒なウンチクを聞き終える前に、息子は走りだした。
「影を踏んじゃいけないんだよ」
振り返って息子が叫ぶ。僕は、三角形の屋根とまっすぐな電信柱の影を飛び越えて息子を追いかけた。手を握って一緒に走る。道路を渡り、橋を渡り、僕らと逆方向に向かう高校生の集団の脇をすり抜ける。集団の影をジャンプするのは至難の業だ。息子は大声で笑いながら飛び跳ねる。僕は必死だ。息子はそれを見てまた一段と笑う。


昼、今日から新しい保育園に通いだした娘のお迎えに向かう。妻の後ろに僕の姿を見つけた娘は僕に向かって駈け出した。弾けんばかりの笑顔と胸いっぱいの大声である。僕に教えるかのように、自分の靴箱を開けると外靴を取り出した。
「あった!あったぁ!」
娘が叫ぶ。そして何故か外靴をしまい、屋内運動用の上履きを取り出し履きだした。何度言っても外靴は嫌だという。上靴を履いた娘は僕の手を引いて保育園を出る。まるで僕に園を紹介するかのように。


道端に風で寄せ集められた落ち葉には、緑の葉が混じっていた。針葉樹に実らしきものができはじめた。
誰が何と言おうと季節は巡る。秋が来て、冬を迎え、春を待ち、夏を喜ぶ。瞬間の積み重ねが時を刻む。息子の冷たい手と、娘の履いた上靴の白さ。そして二人の笑顔。