Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

薄っぺらさマキシマム


今、僕は自宅のノートPCから書き込んでいる。TOSHIBAdynabookだ。言わずと知れた名機種であり、ときどきカーソルの位置が途方もない位置に飛んでしまう以外は良いマシンだ。願わくばVistaではなく7に乗り換えたいところだが、今のところブログを書いたりちょっとしたメールの交換レベルでの使用であれば、まず問題がない。職場に持ち込んでいるNECネットブックと立場を交換したいとずっと思っているが、Dropboxの設定やらiTunesの設定やらが面倒で手をつけていない。僕の悪い癖だ。どうせやるなら早い方が良いことばかりなのに、面倒だと二の次になってしまう。


それから、すでにビールを1瓶飲みきってしまったので、もう一本に手を出そうがを悩んでいる。明日に響かないようにしないといけないし、少し風邪気味なら早く寝た方がいいんだけど、何しろハートランドビールだしなあ。飲みたいのは仕方がない。よおし、飲むぞ。飲んでしまう。


ぷはー。


笑える話だけれど。いま開けたばかりの瓶を除いても、残りあと15本もある。うち2本は先ほど冷蔵庫に入れた。今日のところは、この1本で終わりということだ。でなければ、冷蔵庫に入れたばかりのビールを飲むしかない。僕はつくづく思うのだけれど、ぬるいビールほど美味しくないものはない。何というか、グラスに入れて仕方なくぬるくなったビールは仕方ないとしても、プシュッと開けて一口飲んだ時に冷たさを感じないビールは、ビールとして十分に味わえない残念さが残ってしまうのがなんとも悔しいのである。


さて、今年になってブログを書こうと志し、こうしてほぼ毎日のように薄っぺらい文章を書きなぐっているのだけれど、今回はいつにも増して内容が無い。ひどい文章だ。我ながら辟易してしまう。
僕を動かす情念というのは、一重に反逆精神である。要するにあまのじゃくなのだ。Twitterに慣れたころ、日本でのTwitterブームとも言うべき全国的な動きは活発で、誰もかれもTwitterを始めた。その140文字の中に何を詰め込んでいるのだろうとのぞいてみると、ほとんど何も呟いていないか、あるいは140文字など全然足りんとばかりに何度となく呟いているかの両極端だった。そして、自分自身が後者に含まれていることを知ったとき、あ、自覚が足りないなと思った。140文字には140文字なりの理由があって、140文字に収まる程度の日常、考え、思いつき、記録を書き込むのがTwitterであって、それを超える文字数が必要であれば、それは使用するツールを間違えていると思った。多くの文字数が必要なら、それ用のツールがある。それを使うべきだろうと思った。ブログを使っていない人間に、ブログのことを言えるわけがない。TwitterFacebookも同じだ。


あいにく、僕のそんな「反逆精神をきっかけとする行動意欲」は、時として誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりする場合がある。そうやって誰かに不利益が生じることは、僕自身のポリシーに反する。なかなかうまくいかないものだ。


それにしてもビールが美味しい。つまみは必要ないのだけれど、何か食べたほうが胃には優しいっていうし。さて、どうしたものかと息子のお菓子が満載のお菓子箱をのぞくのであった。