Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

芸と自然のイマジネーション


大道芸フェスティバルにぎりぎりセーフで間に合う。娘は既に車で一眠りしてしまうほどの、そんな時刻。息子はスゲースゲーとプロのパフォーマンスを楽しむことができるようになっていた。一方の娘は見事なほどすぐに飽きる。飽きて走り回り、疲れて制御が効かなくなる。あああ、時代は回る。


大道芸をすごいと感じるということは、あの芸の難しさを分かるということだ。一輪車に乗り、足で頭の上のコップにスプーンを入れたり、重そうなツボを振り回したりすることの凄さを分かるということだ。
娘にとっては、まだ何がすごいのか分からない。あの芸の難しさ、自分の体ができることの感覚が分からない。なので、何がすごいのかがまだよく分からないのだ。息子を初めてこのフェスティバルに連れてきた3年前にも同じようなことを思った。ああ、成長するってきっとそういうことなんだよな、そう思っていた。まさに息子は、自分ができないことを理解し、芸の凄さを理解するまでに成長したわけだ。感慨深い。


ところで、疲れ果てて制御を失った子どもというのは、何故ああ半社会的な行動に出るのでせう??歩行者天国が終わった車道に向かって走りだす、手を振りほどいて地べたに寝る、入ってはダメという場所に方に向かっていく。モノで釣るのも限界がありますのよ娘さん。
そんな娘が最終的に大人しくなったのは、最近楽しめるようになってきた「となりのトトロ」のネタだった。遠刈田温泉から見える森を指して、あそこに住むトトロと、そこへ駆け登る猫バスのことを話すと急に大人しくなった。風で揺れる木々や、青々と茂る葉を見て、そこに何か得体の知れない生き物がいることを想像していたのかも知れない。


大道芸フェスティバルは、素晴らしい芸とそれを見に来たたくさんの人々、そしてそれを支えるまちの皆さん全てが素晴らしいイベントだった。だからこそ改めて、娘を黙らせてしまう自然と、そこにイマジネーションを加えてしまう名作アニメの素晴らしさも感じた日曜であった。


まあいずれにせよ早く寝て欲しい(´;ω;`)