Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

炎天下のボールチェイス

昨日も息子の試合だったのだけれど、猛暑日を記録するような1日だったがゆえに、半袖を着ていた僕の腕は真っ赤っ赤である。こんなヒリヒリした腕で大阪へ行く何て想像だにしなかったよ。


昨日も、息子は良く走った。炎天下の中、とにかくボールを追いかける。ポジションなんて関係ない。相手がボールを持っていれば、誰も取りに行かなきゃ自分が行く。誰かがチェックしていれば、自ゴール前に走る。マイボールになれば、とにかく追いかける。パスが出そうならとにかくスペースに走る。出なそうでもなんでも、とにかく相手ゴール前に走る。フル出場はせず、前半途中から出場したり後半途中からベンチに戻ったりしたが、それでも2試合良く持ったものだ。
サッカーの戦術的に言えば、こうした走る選手というのはとても助かる。相手には少なからずプレッシャーになるし、マイボールの時に誰かが動き出さなければ、決してパスコースは開かないものだ。息子がそうした役割を果たしたかどうかは定かではないが、少なくとも下を向かずに走り続けたことだけはアッパレだった。よしよし。よくやった。ナイスプレイだ。


緑一面のサッカー場を眺めて両チームの監督やらコーチやら父兄やらの声援を聞いていると、そういえば僕もこういう環境の中でサッカーをしてたんだなあ、としみじみしてしまう。あの頃、僕自身に向けられる声援は少なかったけれど、時おり掛けられる声に恐縮するやら嬉しいやら複雑な気持ちだった。それでもやっぱり勇気が出て、一歩前に踏み出すきっかけにはなったような気がする。


先ほど自宅から職場までの僅か5分の徒歩の間に、「何故僕らはボールを追いかけ続けるのだろう」と考えた。サッカーを続けていても、プロ選手になれる可能性はとても低い。ましてや引退後も安定した収入を確保できる選手というのはほんの一握りで、多くのサッカー小僧は高校あたりにその現実を受け入れて夢を諦めることになる。夏は暑いし冬は寒い。監督やコーチには怒鳴られるし、毎日の練習はキツい。それでもあのボールを僕らは追いかける。サッカーも野球も同じだ。もっといえば柔道だって剣道だって同じだ。僕らは何のためにボールを追いかけ、必死に走り、歯を食いしばっているのだろう。


それはきっと、「誰かが喜んでくれるから」では無いのかな。
そうかそうか。じゃあ今も全く変わらないじゃないかw