Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

それは言わば灯台のようなもの

年明け早々に気持ちが沈んで、何とか回復をと思っていたら突然の大雪。
頭のなかに非常事態宣言が発令され、ホルモンなのか脳内麻薬物質なのかがチュルルッと分泌されて寝るや寝ないやの雪との格闘の日々を経て、先週からは突然の腰痛に侵されてまた床に伏せる日々を送り、絶え間なき嫁さんからの介護と接骨院の先生の治療により何とか回復したと言える程度に。


怒涛の年初である。とは言えもう3月も初旬から中旬になろうとしているのだけれど、また雪が降ってきたり、子どもやら消費増税やらのイベントが立て続けに入ってきて、目の回る毎日がまるでドラえもんひみつ道具「タイムライト」の如く怒涛のように流れている。そんな中、「やりたいことの半分だけやってみたら」という嫁さんの至言に従い、結構ゆとりをもって仕事をしている。やりたいときにやり、やりたく無いときにやらない。よくそんな身分で暮らせるなという話はごもっとも。例えばふと午前休にしてみたり、それができる環境である幸せは重々噛み締めているつもりだ。
とはいえ時間はゴウゴウと流れているわけで、こうして気持ちが乗ったときには夜にもPCをカタカタ叩いたりしてみるわけだ。


色々な人が助言をくれる。ありがたいことだ。上述の嫁さんの至言もそう。
「あまり深く考えるな」
「適当でいいんだってば」
「◯◯さんみたいに遊んでみれば?(笑)」
「一緒にどこか行こうぜ」
「僕に任せて休んでください」
正直嬉しい。電話で、Facebookで、直接面と向かって、そういって僕を気遣ってくれる。幸せなんだなあ、と思う。


そして、そういった助言も踏まえつつ、気づいたことがある。僕にとって最も有効な改善策、というかその方針である。
それは、言葉にすると陳腐だけれど、「遠くを夢見よう」ということだ。


実は、僕の特技はグラウンドに真っ直ぐに線を引くことで。関係無さそうであると思うのだけれど、よくサッカーなんかだとグラウンドに線を引くことがあって。それが足だったり石灰ローラーだったりするんだけれど、とにかくそのときに真っ直ぐに線を引けるというのが僕のささやかな自慢だったのだ。
なんてことはない。真下を見て真っ直ぐ引こうとしても線は曲がってしまう。遠くの一点を見続けて、そこに向かって線を引くと真っ直ぐ引けるのだった。僕がスパイクの裏で引いた線はきれいな直線を描いた。余談だけど黒板に円を書くのも得意だ。今は自信がないけれど、ノートに真円を書くのもとても得意だった。数学を志すものとしてこれは大きな武器になる。



ともかく、僕は遠くを見て、もしかしたら憧憬のようなものを見て、ずっと歩いてきたのだ。目の前の悩み・不満・悲しみを、遠くの夢のようなものを見続けて、その遥かな高みに比べれば大したことじゃないと、自分を鼓舞し続けてきたのだった。そう、いつの間にか僕は、そんな遥か遠くの夢幻を見失っていたのだった。誰かに話してしまうと陳腐で恥ずかしい、でも僕にとっては本当に夢の様な未来の自分像なのだ。
もう一度それを取り戻す。それは、少しだけ戻ってみることも有効かも知れない。そして、もう少し幼くなってしまうことも必要かも知れない。


で、結論としては、僕はまたそんな遠くの夢幻を取り戻しつつある。復活は間近に迫っている。だからもう少し、今日はもう少しだけお酒を飲もうかな。ういぃぃ。