Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

リアルを超えるルール

ブログを本格的に初めて、およそ半年が過ぎた。昨日のように、時折抜けることもある。震災のときは2日ほど抜けた。GWには4日ほど抜けた。でも、まずまず毎日続けられている。三日坊主ばかりだった僕が嘘のようだ。やればできるじゃないか。


震災以降、TwitterFacebook上でたくさんの旧知の人と再会することになった。懐かしい人も多い。そうやって昔のことを思い出したり、今どういう生活を送っているのかを見たりするととても和む。ああ、やっぱりソーシャルネットワークというものは、「情報配信」でも「情報ソース」でもなく、あくまで個人と個人のコミュニケーションの場なんだな、とあきれるほど当たり前のことに気づかされる。


いまだにTwitterFacebookを、単なる情報源としてしか捉えている人は多いようだ。確かに、マスコミに報道されない貴重な情報も紛れている。そういった面もあるだろう。
また、自らを表現することだけに注力し、誰かのツイートなど知ったことか、といった人もいるのではないだろうか。
どちらも、間違いではない。使い方は人それぞれ、自由なのだ。


僕は、ソーシャルネットワークの本当の価値とは、オンライン上で多くの人とコミュニケートできることだと信じている。そして、これは今のところ仮説だけれど、オンライン上で多くの人と交わり豊かなコミュニケーションを行うことができる人とは、おそらく「オフラインでもできる」人だ。すなわち、リアルな世界においても多くの人と交わりコミュニケーションを取ることができる人間が、やはりインターネット上でのコミュニケーションも同じように取ることができるのだ。


なぜなら、ソーシャルネットワーク上でのコミュニケーションというのは、その名の通りソーシャルであって、相手を尊重し、気持ちを気遣い、聴くことを忘れず、自分の意見を慎重に述べる、そういったことが要求される。それはすなわち、現実世界における対人関係のルールに他ならない。そういったルールを常に順守していない人間には、仮想空間においてもやはり順守できないものなのだ。


などと、なかなかルールを守れない僕は、しげしげと思っている。