Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

何が大事か

「貴方は、仕事と家庭、どっちが大事ですか?」


子どもを持つ親にとって、仕事と家庭(育児)の両立はいつの時代でも頭を悩ませる難しい問題だ。子どもは大事です。当たり前田のクラッカーだ。子どもの命は何とも比較できない。でも仕事だって大事だ。何しろ仕事がなけりゃ子どもだって生きていけないし、社会における役割というものがある。


例えば、大切な仕事の約束がある日に、子どもが熱を出したとする。
約束をポカにして会社に損害を与えたとしても、確かに、すぐには死ぬわけではない。だが、このミスは致命的かも知れない。上司や同僚に多大な迷惑を掛け、会社の人間関係が悪化するかも知れない。約束した相手も困る。代替日が確保できないかも知れないし、期限があれば尚更困った状況に追い込まれる。
子どもも、熱があるからといってすぐに死ぬわけではない。だが、実家に預けられた子どもは、本当は貴方にそばにいて欲しいと願っているかも知れない。貴方がいないことで、子どもは不安な気持ちで一杯かも知れない。貴方への親しみや安心感は薄れ、孤独感と不安感が子どもの心を覆う。風邪が長引く一因になるかも知れない。


どっちを選ぶかはその人の自由で、細かい状況や価値観に依存すると思うし、その選択を尊重すべきだと思う。仕事を選ぶことも、子どもを選ぶことも、本人がそう選択したのだからそれはそれで良いのだ。


僕が気になるのは、「仕事」と「家庭」に何故か二分化されてしまうことだ。今、仕事を選択したからといって、「貴方は家庭よりも仕事を優先する」と一概に言われてしまうのは不本意なのだ。逆も同じ。子どもを選択したからといって、「あの人は仕事より家庭を優先する人だから」と決め付けないで欲しい。
僕はどっちも大事なの!
全く同じシチュエーションなんて無いんだから、その時々でどう行動するかを考えるわけで、「仕事」と「家庭」のどちらかを必ず選ぶわけではないし。だいいち、その二分化は何なんだろう。子どもだけではなく、介護な必要な人が身内にいたら、それは「家庭」に入るのかな?ボランティア活動は「仕事」に入るの?


何が大事か、は、その時々、その人によって違う。「仕事」とか「家庭」とか二分化することよりも、今目の前にある問題にどう対応するのがベストなのかを考えるべきじゃないかなあ。


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そんなわけで、まだ熱の下がらない娘と、今日は一日中自宅で過ごすことを決めた。実家の母が気を利かせて午前中娘を預かってくれたのだけど、午後からはずっと自宅で娘の相手だ。どうしても進めたい仕事があったので、職場からPCを持ち込んで、午前中にできるだけやっておき、午後は妻が娘を抱いている時などにそっと進めておいた。娘の熱を下げることが第一だと、僕はふんだ。これから発熱が続いたらそれこそ仕事も圧迫されてしまう。まずは回復、そして仕事。


幸い、午後2時間ほど寝た娘は熱も下がり、夕飯も少しずつ食べられるようになってきた。この分なら明日には保育園にも行けそうだ。良かった。よく頑張ったね。
仕事はのっぴきならない状況だけれど、お父さん頑張る所存であります。まずは謝るところからかなー。