Hang In There

蔵王の麓で新聞屋さんが子どものこととか震災のこととか思い出などを綴ります

果たして僕らは本当にロストジェネレーションなのか

さとなおさんの次の記事を読んだ。
www.さとなお.com(さなメモ): 自分のことは二の次なひとたち

インターネット興隆期の若者たちは「成功したいんです」というのがひと言めだった。
どうやって儲けるか、どうやってリッチになるか、どうやってのし上がるか、どうやって株式上場まで辿り着くか。そんな夢を熱く語ってくれた。もちろんその後に「人の役に立ちたい」とかが続くのだが、ゴールは「成功」であった。

でも、本当に、最近の若者からそれを聞かない。
みんな「役に立ちたい」「世の中を変えたい」が一番目に来る。ソーシャルメディアという急激に伸びているプラットフォームを目の前に、「儲けてやろう」「リッチになってやろう」というギラギラをまったく感じさせない。そりゃ成功もしたいだろうけど、成功だけでは本末転倒なのだろう。「大儲けしたとしても、もしかして儲け分を寄付しちゃうんじゃないか?」というような人までいる。

たまたまボクに近寄ってくる人だけの傾向なのかもしれない。もしくは単にソーシャルメディアの「共感」という熱にうなされているだけという可能性もある。でも、確実にそういう波は起こっている。

「♪お金なんかはちょっとでいいのだー!」って奥田民生が叫んだけど、そういう感じ。
お金にならないボランティアやちょっとした協力案件を話すと文字通り「人が群がってくる」。「やりましょうよ!」と。なんだこの感じ。なんだこの性善説でポジティブで自分が二の次な感じ。

(中略)

インターネット興隆期は「自分」が大事。「成功」が目的。
ソーシャルメディア興隆期は「他人」が大事。「貢献」が目的。

この若者のあり方の違いは社会を大きく変えると思う。ボクとか斉藤はそれを支えて、旧世代とつないで、風穴を開ける手伝いをする。

「何を甘いことを」と呆れる人もいるかもだけど、もちろん全員がそう考えることはない。みんなが信じることをいろんな方向からすればいい。それがどこかできっとつながる。そんな確信があるなぁ。

1993年から2005年に就職を迎えた世代をロスト・ジェネレーションと呼ぶ。就職氷河期が続き、この時期に新卒採用で入社した人たちは他の世代に比べて極端に少ないのだ。
2002年に(無事)大学を出て就職した僕は、バッチリその世代にあたる。Wikipediaによれば「2002年を谷とする」なんて表現があるので、もうミスター・ロスト・ジェネレーションと呼んでも過言ではない。(過言です)

思えば、前の会社に入っても先輩はちょぼちょぼとしかいない。ITバブルといわれた時代の採用ですらこれだ。更にその上となると、かなり離れてしまう。採用を控えた時代が世代間ギャップを生み出していた。残念ながら技術的な感覚にもギャップが生まれていて、年齢は上だけど最近の技術的なことはチョット分かりません、という人もいた。上司が分かっていない技術的な部分をカバーするなんてことも良くあった。
会社全体としては売上は伸びていたけれど、部内だけ見たら案件だけ増えて人員は増えず、長時間残業により何とか納期を守れれば良い方。見積もりが甘くて納期と品質を守るためには予算が合わないことがザラ。人員をケチるから納期に間に合わず、品質を守れなくてお客様がカンカンになり、ついに炎上するプロジェクトを何個みただろう。
そんな中、帰ることもできず辞めることもできず部下も増えず、逃げる上司を支えて毎日深夜まで仕事をしていたのが僕らの世代である。

2008年に前の会社をやめて家業に就いたら、今度はリーマンショックだ。リーマンショックは瞬く間に日本中を多い、ウチの店を含め多くの中小企業に大ダメージを与える。今もそこから抜け出せていない。いかにマイナス幅を狭めるかに注力するという、バブル時代と比べたら暗黒のようなネガティブな時代だ。どこへ行っても暗い話題しかない。

無事就職できた僕はまだいい方で、就職ができなかったり、ブラック企業につかまって退職を余儀なくされたりし、スキルを上げる機会を失い経験も浅いため再就職もままならないという状況にある人もいる。

でもそんな中、僕らは何とか前向きに生きてきた。若かったからかも知れないけれど、売上やお金や地位などを目標にできなかった時代に、違う目標を見出すことができた。ソーシャルネットワークを通じて見ていると、どうやら多くの人は社会貢献や他人への奉仕に自分の価値を見つけたようだ。

バブル期のような時代では見つけられなかったかも知れない。人間が職を通じて為すべきことの本質に気づけたのは、このような暗黒の時代だったからこそではないか。そしてそれこそが、ソーシャルネットワークをプラットフォームとして発展するこれからの時代において、最も基本的な考え方ではないだろうか。

そんなわけで、今日僕は昨年この白石に戻ってきた青年と会う。僕らがつくる時代は、きっと僕らが心地よい時代。彼と将来のビジョンについて語り合うのはとても楽しみだ。